封建制とは
「今日は中国史の重大テーマ,封建制(ほうけんせい)についてお話ししましょう。ところで,みなさん,『封建制』って聞いたことがありますか?」
「御恩と奉公!」
「土地!」
「いざ,鎌倉!」
「武士!」
「せんせー,西洋の騎士は?」
「封建制度って,ゲルマンの従士制とローマの恩貸地制が融合して生まれたものですよね?」
「それはフューダリズムのことだろ」
「違うよ,レーン制のことだって。一緒にしちゃダメだよ」
「どっちも同じ封建制度を指す言葉だけど,レーン制は“土地を媒介とした主君と臣下の関係”を説明しているものの,領主対農民の支配隷属関係を含んでいないのが問題だ。これまでの歴史は階級闘争の歴史だった。特権階級の領主と,彼らから搾取され虐げられた農民との対立関係を抜きの概念なんてまったく意味が……」
「はい! ストップ! そこまで。えーと,……あなたがた,自分たちの設定が小学生ってこと,覚えてますか? しかも,ひとりマルクス主義者が混じっていましたね。設定を忘れないように」
「はーい」
「せんせー,『封建制』って,西洋史でも日本史でも出てきますけど,同じ感じですか?」
「いい質問ですね。西洋史の封建制度と日本史の封建制度は似ていますけど,それと中国史の封建制はまったく別物です。名前も,西洋史と日本史の方は『封建制度(ほうけんせいど)』,中国史の方は『封建制(ほうけんせい)』で,実は使い分けています」
「せんせー,違いが微妙です!」
「そうですね。西洋史の方をあえて『フューダリズム』とか『レーン制』と呼んで区別することもありますよ」
〈封建制と封建制度の共通点〉
「さて,まずは両者の共通点から見ていきましょう。封建制と言えば,何を思い出しますか?」
「御恩と奉公!」
「土地!」
「いざ,鎌倉!」
「はい。ありがとう。さっきと見事に同じですね。その通りですよ。まず武士あるいは騎士が君主から土地を与えられます。この土地を封土(ほうど)と呼びます。この封土から得る地代や租税が彼らの収入になります。封土を与えられた武士・騎士はこの主君から受けた御恩に対して,軍事的な貢献でお返しをします。これが奉公です」
「ギブ&テイクですね」
「そうなんです。主君に対する忠誠心なんて,サラリーを払っている間しか持ちません。金の切れ目が縁の切れ目。サラリーを払ってくれない君主なんて,バイバイです」
「騎士なんて性悪女と同じですね。金の切れ目が縁の切れ目。貢いでくれない男なんて,バイバイ……」
「その通りです! もう最悪です。これまで費やしてきたものを返せって話ですよね。記念日のたびにこっちがどれだけ努力して……」
「返せって……。せんせー,割と引くー」
「ボクもー」
「こっぴどいフラれ方をしても,『素晴らしい思い出をありがとう』って言える器が欲しいよね」
「せんせー,大丈夫! きっと,もっといい人が現れるよ!」
「そうですね。ありがとう。でも,先生にとって彼女は国士無双。忠誠心は揺らぎもしてないです」
「……」
「さて,さて,封建制度では,サラリーではなく土地なので,土地の切れ目が縁の切れ目になります。例えば,軍事的功績を立てながら,土地の加増がないと,武士・騎士たちはものすごく不満を貯めます。がんばったのに! と怒るわけです。場合によっては,もっといい人のところに行ってしまいます」
「なんか,主君の立場って弱いんですね」
「そうですね。臣下たちをつなぎとめるには,たえまなく加増しつづけるしかないわけですから。あるいは,50年も100年も前に土地を与えたことを,いつまでも思い出させて恩に着せつづけたりします」
「うわぁ」
「ね,引きますよね。西周の青銅器の多くは,実は恩を着せる目的で造られています。殷の青銅器よりも西周の青銅器の方が,鋳込まれている文字の数がどんどんと多くなっていって,中には毛公鼎のように500字近く鋳込まれたものも現れます。その内容は,簡単に言うと,かつて周王があなたの祖先に土地を与えたことを忘れるな,です」
「一度,贈ったブランドもののバッグのことをいつまでも持ち出しては,『ね,あれ,使ってる?』とか聞いてくるケチな男と一緒ですね。もうとっくにヤフオクに出したっていうのに……」
「それはそれで問題ですね。あと,明らかに設定忘れてますよね」
「……」
「さて,中国の封建制でも,周王が諸侯に封邑を与えて,諸侯はその御恩に対して軍事的貢献をしたり貢納したりして応えるわけですから,この点では西洋史と日本史の封建制度と変わりません」
「じゃあ,どこが違うんですか?」
「それはね……次の授業で」
(つづく)
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