「井戸に投身自殺するところとか?」
「外国の軍隊に首都を蹂躙されたから自殺ってさ,憂国の士って感じでかっこいいよね」
「ですよねー。民衆を飢えから救うために,責められるのを覚悟で国庫を開いた劉鶚もかっこいいですよね」
「かっこいい!」
「でも,劉鶚がたまたま漢方薬の『竜骨』に書かれた甲骨文字を見つけたって下り,あれ,ウソだそうです」
「えー」
「ニュートンのリンゴと同じで,甲骨文字発見の逸話をドラマチックに仕立てたんじゃないかって言われてます」
「残念……小説の題材とかになってるのに」
「ま,よく広まってる話ってそんなものですよね」
原始時代から春秋戦国時代までを扱う中国古代史の名著。専門的になりすぎず,概説すぎてもいない絶妙なバランス。
黄帝と蚩尤
「夏・殷・周の前の話って,黄帝とか堯・舜とかいろいろ名前が出てきて,よくわからないんだけど」
「黄帝(こうてい)とかかっこいいですよ。ライバルの蚩尤(しゆう)と大戦争をするんですけど,この蚩尤もかっこいいんです!」
「銅の頭に鉄の額のところとか?」
「そうです! ……っていうか,せんぱい,けっこうどうてもいいこと知ってますよね。」
「ほっとけ」
「そもそも蚩尤は軍神で,斧,剣,戈,戟,鎧,楯,弓矢といった金属製の兵器を開発したとされています。人の身体に牛の頭と蹄を持ち,目は4つ,腕は6本……」
「なんだそれ,勇者に退治されるレベルじゃないか」
蚩尤。両手・両足・頭に武器を装備。
「そうなんです! ミノタウロスですよね」
「誰かテセウスを!」
「でも,蚩尤はミノタウロスを越えてますよ。数々の魑魅魍魎を召喚し,雨,風,靄,霧を自在に起こせるんです」
「すごい!」
「黄帝も負けてないですよ。額に角が生えてますし,虎,豹,熊,羆といった猛獣を操って戦わせるんです。ふたりの軍が――といっても魑魅魍魎v.s.猛獣軍団ですけど――涿鹿の野で衝突したときには,蚩尤が霧を起こして黄帝の軍を包み込んで,黄帝の兵士たちは右も左もわからなくなって混乱するんです」
「虎とか豹とかなら,嗅覚で何とかなるんじゃね」
「それはスルーで。……で,黄帝はこのとき,『指南車』と呼ばれる,常に南を向く方位磁針を開発して方角を知り,この苦難を乗り越えるんです」
「……敵の位置さえわかればいいんだから,方角は関係なくね」
「それはスルーで。……ま,とにかく黄帝が勝利して,蚩尤は斬られることになりました。ちゃんちゃん」
「なんか,ツッコミどころが多いなあ」
三皇五帝
「せんぱい,中国で最も有名な歴史書は?」
「そりゃ,司馬遷(しばせん)の『史記』でしょ。武帝に大事なムスコを切られたから,その恨みをすべて歴史書編纂にぶつけたっていう」
「なんか,いろいろ誤解させるなあ」
「で?」
「『史記』は歴史の始まりから司馬遷の生きた武帝の時代までを扱った歴史書です。じゃあ,何の話から始まるかと言えば,『五帝』の話からなんです」
「はい。五帝のラインナップは,筆頭が黄帝で,以下,頊顓(せんぎょく),帝嚳(こく),帝堯(ぎょう),帝舜(しゅん)と続きます」
「黄帝は猛獣を操ったけど,それぞれ必殺技的な能力を持ってそうだね。『皇帝の眼(エンペラーズ・アイ)』とか。……あれ? 禹は『五帝』に入らないんだ?」
「そうなんです。禹は五帝の時代を引き継いだ人物という位置づけです。いずれにせよ,『五帝』は神話や伝説のたぐいですね」
「そりゃ,そうだろうね。虎だの羆だのを率いて,鉄の頭のミノタウロスと戦ったなんて,ぜったいウソだと思う」
「五帝伝説の誕生には,戦国時代に生まれた五行思想の影響があると言われてます」
「五行って,火・風・水・土の四大元素説の中国版?」
「はい。五行説の場合は,木・火・土・金・水で,風がなくて,木と金が加わります。火属性のモンスターには水属性の武器や呪文で攻撃を加えるように,五行説でも,水属性のモンスターには木属性の武器や呪文で攻撃すると効果的です」
「木属性の武器って,『こんぼう』とか『ひのきのぼう』? ラスボスが水属性だったら,すげえ困りそう」
「わたし,素手で『りゅうおう』倒しましたよ」
「すごい!」
「わたし,素手で『りゅうおう』倒しましたよ」
「すごい!」
「とりあえず五行説が流行すると,なんでもかんでも五に合わせるようになるんです。色なら青・赤・黄・白・黒,方角なら東・南・中央・西・北,神獣なら青竜・朱雀・黄麟(黄竜)・白虎・玄武という感じで。それで,夏・殷・周の『三代』の前に『五帝』の時代があったことにして,バラバラに伝わっていた伝説の帝たちをその『五帝』に入れたんです。ですから,『五帝』のラインナップも本によってバラバラです」
「そうなんだ」
「そのあと,『五帝』の前に,さらに『三皇』の時代が付け加えられました。これもラインナップはいろいろですが,基本的に,天皇・地皇・人皇(あるいは泰皇)の三人で,天・地・人に合わせた神さまです。明らかに取ってつけた感があって,エピソードはフワフワしてます」
「ま,名前がいきなりそんな感じだよね」
「というわけで,まとめると……」
(写真はイメージです)
- 三皇 (神話の時代。日本で言えば,アマテラスオオミカミとかスサノオノミコトのレベル)
- 五帝 (伝説の時代。高徳の聖王たちの時代)
- 夏・殷・周 (歴史時代。ただし夏は伝説)
「という感じです」
「ありがとう! 今日はここでお腹いっぱい」
0 件のコメント:
コメントを投稿