殷の始祖はツバメの子
「せんぱい,殷の始祖は契(せつ)と言うんですけど,誕生秘話がなかなかのものなんです」
「どんななの?」
「契の母親の簡狄(かんてき)は,五帝のひとり帝嚳(こく)の次妃だったんですけど,ある日,川で水浴びをしていたところ,玄鳥(つばめ)が卵を落としていったんです」
「巣に,じゃなくて?」
「はい。巣に,じゃなくて」
スズメ目ツバメ科。全長約16cm。卵は長経2cm,短径1cmほど。
「で,その卵を拾って飲んだところ,契をみごもったんですって」
「落ちてるものを食べたらダメって教わらなかったのかな」
「教わってたら,殷王朝は始まらなかったでしょうね」
「じゃあ,紂王の豪快なエピソードもなくなるわけだ」
「残念ですよね!」
「ところで,殷王朝って,なんで夏王朝に取って代わったの?」
夏の桀王
「夏王朝の最後の王は,桀王(けつおう)と言うんですけど,この王がどうしようもない王で,殷の紂王とともに暴君の代名詞になってます」
「どんなことをしたの?」
「せんぱい,期待に満ちた顔をしてますね。ちょっと引きました。……ま,大したことはしてないですよ。征服した国から奪った絶世の美女――妹が喜ぶと書いて妹喜(ばつき)に入れ込んで,やたら豪華な宮殿を造営したり,ぜいたくの代名詞『酒池肉林』を楽しんだり,高価な絹を引き裂いたり……」
「えーと,絹を切り裂く?」
「女性の悲鳴のような,すごい音がするんですけど,その音を聞くと,妹喜が笑ったんだそうです」
「? 悲鳴のようなのに?」
「悲鳴のようなのに。桀王は彼女の笑顔を見るためだけに,高価な絹を次々と裂いてゴミにしたんです。それから,王の愚行を止めようとした関竜逢をまさかりで一刀両断にしてます」
「なかなかパワフルだね」
「そうなんです。で,結局,殷の湯王に殺されちゃうんです」
殷の湯王
「湯王は殷王朝を開いた人です。彼は美味しいものの話を通じて料理人の伊尹(いいん)と仲良くなり,この伊尹に政治をすべて任せます」
「大抜擢だね。平野レミさんが料理の話を通じて陛下に気に入られて,いきなり総理大臣に任命されるような感じでしょ」
「そのとおりです! 決断力がすごいですよね!」
「すごすぎるね」
「ですよね! それから,まだ桀王と戦う前なんですけど,湯王が郊外をプラプラしていたら,ある男が網を張って,『上下四方の鳥たちよ,みな我が網にかかれい!』と祈っているところに出くわしたんです。そしたら湯王は『それじゃあ,鳥を獲り尽くしてしまうではないか』と言って,『右に行きたいものは右に行け。左に行きたいものは左に行け。我が命に従わぬものだけ,網にかかれい!』と祈らせたそうです。逃げろ,逃げたくない奴だけ網にかかれ,というわけです」
「そんな鳥いるかな?」
「さあ。そもそも言葉が通じないですよね。とにかく,これを聞いて諸侯は『湯王の徳は禽獣にまで及んでいる』と言って,感服したんだそうです」
「じゃあ,夏の桀王は総スカンを食らってるし,逆に殷の湯王はみなから慕われているし……で,舞台は整ったわけだ」
「そうなんです。湯王の戦車部隊がついに鳴条(めいじょう)の戦いで桀王を撃破しました」
「戦車!?」
これが開発されたのは第一次世界大戦のとき
「ゼッタイ違うのを想像してますよね。チャリオッツの方です」
「チャリオッツ!?」
これはシルバー・チャリオッツ。J.P.ポルナレフのスタンド
「なんか,まだ違うのを想像してる気がする。四頭立ての二輪馬車です。殷墟からも出土してますよ」
「戦車が?」
「馬もです」
「そのころ,もう戦車があったんだ」
「戦車が生まれたのは前2500年ころのメソポタミアで,シュメール人が初めて戦争に投入したそうです。ウルの軍旗(スタンダード)によれば,四輪で,兵士が上から投げ槍(ジャベリン)を投げていて,引いているのはロバだったそうです」
「ロバ!?」
「ともかく,この戦車が1000年くらい時間をかけて中国まで伝わったわけです。中国で初めて戦車を使ったのが殷だと言われています」
「じゃあ,夏は桀王の暴虐うんぬんは抜きにして,この最新軍事テクノロジーに敗れたわけだ」
「そうなんです」
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